Fools in the Arena and Owner's Responsibility.



はてブはアリーナだ。それは最初の誰かがブクマ・ボタンをぽちっと押す度にネット上に生まれる。観客は対象となったエントリを好き勝手にあげつらって良いことになっており、時にはそこに何百人も蝟集しては「死ねばいいのに」といった罵倒や「いい話」などといった賛辞を浴びせる。出場を拒む権利はなく、人は無理やり競技場に引きずり出されるのだが、そこに戦う相手はいない。エントリ毎に其々アリーナが形成されるから、トラバを送りあって論争を繰り広げていたとしても、その相手は別のアリーナにいる。観客席を出て正々堂々と決闘を申し込む客は滅多にいない。殆どが安全圏から無責任な野次を飛ばして自己満足に浸っているだけの卑怯者だ。だから競技場に引きずり出された者はたった一人で雨あられと降ってくる罵声に耐えなければならない。


しかし恐れることはない。何故ならアリーナの観客は、揃いも揃って信じられないくらいのバカばかりであるからだ。それはもう、この世のバカと言うバカを選りすぐって集めてきたかの如く、エントリに何が書いてあるのかも理解できないバカ、そもそもエントリを読んでいないバカ、果ては読み書きも満足に出来ないバカまでもが、ありとあらゆる頓珍漢な雄叫びをサルのようにぎゃあぎゃあと喚き散らしている。自分がバカだと分かっているバカならまだ可愛げもあるというものだが、このアリーナに集まってくるバカは全員が全員、自分が未来のドラッカーだとかラカンだとかセルゲイだとかjkondoだとか宮崎駿であると根拠もなく信じきっている、実に鼻持ちならない(傍から見れば滑稽なだけなのだが)イカれたバカばかりであり、そんな尻の赤いサルがピュッピュッと尿を飛ばしながらヒョーロンカ気取りで偉そうに思い思いに勝手な論説を披露しまくっているのだが、勿論その99.9999%が的外れの戯言でしかないことは言うまでもない。


競技場のキャパは無限大で、集まってくる人数の大きさに合わせて自動的に拡張される仕組みになっているが、その大きさは常に取り上げられたエントリの質の二乗に反比例する。つまり、下らないものにこそ大勢の観客が集まる代わりに、まともなエントリには殆ど人が入らない。例えば、こんなものには直ぐに多くのブクマが付くが、こっちには一つも人が来ないという現象が当たり前のように起こる。まあ、バカしかいないのだから当然と言えば当然の帰結であるが、それはまさに衆愚を絵に描いたような有様で、この愚劣なサルどもがどのくらいバカなのか言うと、これを書いているオレを含めて、全員が自分だけは違うと思っているくらいバカなのだw(そうだろ?)


SBMの代名詞とも言えるDeliciousにもコメントを一覧表示する機能はあるが、メモ的に当該エントリの一部を抜書きした程度のものが多く、批判や議論の場はDiggが代替しているが、こちらに取り上げられるのは一般のニュース等が主体であり、たまにターゲットにされて悲鳴を上げている人もいるが、個人のblogが恒常的に槍玉に上げられて問題化している様子はあまりない。SBMのコメント欄をサロンのエントリ品評会に変えてしまったのがNaoyaなのかユーザーなのかは知らないが、単なるBookmarkが如何にもWeb2.0的なUGCとして「進化」してしまったことは、それなりに面白いと言える。問題はユーザーがバカばかりであったために、その質が目も当てられないほど低いことにあるのであって、その構造の問題性についてオレはあまり気に留めていなかったのだが、村に住んでいる一人の爺さんはそうでもなかったらしい。


「怒号ワンストップっていうのが問題で、問題というのは、ブ米ページって誰の管理なんだよということ。」
「ワンストップが固定化されているから、事実上掲示板なので、その責任者は誰?」
「ブ米を並べた事実上の固定の裏ページ(事実上の掲示板)になっているなら、それの責任者は誰、ということ。」
「はてブが最低なのは、そこが情報のワンストップ化のサービス、つまり、渋谷のハチ公前とか東京駅の銀の鈴になっていることですよ。それをやめろ、ということですよ。その場を提供している責任者があるでしょということで、越健さんが説かれている、個別のブ米のことではないんですよ。」
「繰り返すけど、ワンストップの集合場所を提供するならその提供者の責務が問われる仕組みを作るべきですよ。」
「『相手に見えなければ』という相手の問題じゃなくて、ワンストップ化によって烏合の衆的な潜在的な暴力になるってことだよ。」
「ここほれワンワンゴミ貯めだの貯めを作った人の責務が問われるようにしなさいよということ。」
「その『多くの人の同意』を装った党派性が露出してきているから、もうやめとけよと言っているのですよ。」
「そうしたコメントを集積した場を提供する責任者は誰なのか可視にしなさいということ。」
「暗黙の内に、現状ではそうした、羅列を表示することが、はてなの意志に見える。そして、それが名声というか有名な場所としてワンストップ化することで、党派性すら露出する場を与えることになる。」
「あくまで比喩としていうのだけど、この掲示板の管理者は誰なのか?という問題だよ。」
「バカを可視にするワンストップを作るんじゃねーよということ。」
「パーマリンク付きの掲示板みたいにすんじゃねーよ、ワンストップを作るなというのが私の主張なんだけど」
「『一覧性』じゃなくて『ワンストップ』ということね。」
「はてブを無くせとか、言ってなんですよ。」
「ブ米をやめろ、ともね、言ってない。」
「はてブページをパーマリンクで存在させるなよ。させるなら、ブ米のリスト化は随時、閲覧したい人の操作によってCGIで生成させなさい、ということ。」


こんだけ言ってもまだ通じねえよと爺さんは呆れておるw 繰り返し繰り返し何度言わせるんだとw よく自分の言いたいことを人に伝えるためには3回同じ事を繰り返さなければ通じないなどと言うが、底抜けのバカばかりが集まったはてなでは20回近く繰り返しても駄目な様であるwww


blogのコメ欄で誹謗中傷を繰り返す炎上行為を、刑事事件を起こした犯人の実家に悪戯電話するような卑劣な行為に例える事が出来るならば、対するはてブは近くの公園にワケの分からない連中がわらわらと集合してシュプレヒコールを上げているようなものであろう。どちらも当事者にとっては迷惑千万、生きた心地がしない。こう書くと早とちりしたバカが、「集会の自由を侵害するのか」などと言い出しそうだが、爺さんはそんなことは言っていない。それが証拠に、ちゃんと「CGIで毎回生成すればいいじゃないですか」と書いている。集合すること自体は否定していないのだ(勢いに任せて「集会」と書いたが、爺さんの言うCGI云々とは、単純に当該エントリに対する他のコメントを見たいと思った人が一時的に使用する機能、程度の意味合いかもしれない)。


繰り返すが、爺さんは声を上げることも「集会」も否定してはいない。そうではなく、例えばネオナチみたいな禿頭がどこからかともなく何千何百人も集まってきてはキチガイじみた叫び声を上げていたとしたら、毎回毎回そいつらに集合場所(「ワンストップ」)を提供しているヤツは何なんだって事だ。あるいは、暴走行為を繰り返すヤンキー連中の溜まり場を提供していた者がいたとしたら、非難の矛先は当然そいつにも向かうだろうということだ。もっと分かりやすく言えば、終夜営業のコンビニの駐車場にガキが深夜まで屯していたら、苦情が行くのはそのコンビニを運営している会社であるという事だ。その場合、その会社は何らかの措置を取らざるを得なくなるのが普通だが、はてなの場合はどうなってるんだって話だ。そうだろ爺さん?


何か起こりゃたちまち「責任者出て来い!」となるのが世の常であることを分かっている者にとって、こんなことは当たり前のコンコンチキで、だからこそ爺さんは「一定の原理と観察からすれば誰でも帰結できそうな、凡庸な提起だ」と言っているのだ。とは言え、「つくづくバカばかりが集まっているな」とは思うものの、オレはまだはてブに対して爺さんほどの危機感(「だんだやばくなってきたな」)は感じていない。爺さん自身も、「このエントリは、予言的に書いているのですよ」「私のネットやブログの感性は多分に予言的なんですよ」と書いているところを見れば、さし当たって今現在はそれほど大きな問題とはなっていないと判断しているものと思われる。しかし、何らかの予兆を感じたからこそエントリを上げたのであろうから、オレが鈍感なだけかも知れん。確かにバカが集合すりゃそれだけで危険だからなw