なぜ「ある日とつぜん、綺麗な女の子たちが、アダルトビデオに出るようになってくれた」のか。



これを見て久しぶりに『若者殺しの時代』を書棚から引っ張り出して再読したのだが、やはり実に面白い。どうでもいい事を陳腐なフレーズに言い換えては世界が変わると喚き散す糞下らないIT本とは正反対に、まるで軽口でも叩いているかのような口調で綴られた文章の端々に鋭い指摘が点在している。モテない奴など昔からどこにでもいたにも拘らず、なぜ非モテなどと称する一団が突然変異でもしたかのように発生したのかも、この本を読めば一発で分かる。


女の子の機嫌をうまくとらないと、相手にしてもらえなくなった。女の子は勝手にお姫様におさまってしまった。遊びの場の掛け金を、女の子が上げたのだ。場が高くなると、結局、ギャンブラー本人の首をしめるのだが、女の子はそんなことは気にしなかった。(P83)


この症候はドラマ『東京ラブストーリー』によって更に発症の度を高める。


自分らしい生き方は譲らない。女性であることも手放さない。どちらもかなえてくれる相手でないと恋愛しない。
ずいぶんレートの高い賭場である。賭場馴れしている男は、自分の持ち金を減らさず、金が浮けばすぐ離脱しようと中腰で参加する。賭場に慣れていない男はそもそも参加する勇気を持たない。厳しい賭場である。女性がレートを上げて、自分の首を絞めてしまった。(P132)


未だに「理想年収は1000万円以上」などと言っているところを見ると、相変わらずレートを下げる気はない様である。「90年代の恋愛ドラマは、バブル後の女性に対する処方箋だった」と堀井は言う。男はもう「ついてこなくなった」というのに、それらが「女性の夢をつないでくれた。理想を捨てなくていい、と励ましてくれたのだ」


では「男の処方箋」は何かと言うと「ヘアヌードだった」www 「身も蓋もない。でもそうだったから仕方がない」www ここから本番女優の出現、市井の女性だって恋愛の主導権をとった以上は「当然、いつまでも処女性を武器にしているわけにはいかなくなった」ので婚前交渉が当たり前になったこと、AVの氾濫へと話は展開していく。


90年代に入り、アダルト女優の質が劇的に向上した。なぜだかわからない。ある日とつぜん、綺麗な女の子たちが、アダルトビデオに出るようになってくれたのだ。理由なんかどうでもいい。そういう時代になったのだ。(P137)


まさしく「理由なんかどうでもいい」が、折角「なぜだかわからない」とまで言ってくれているのだから、今度はこっちがその理由を考えてみるのも一興である。お前には分かるか? オレは分かった。ヒントは既に出尽くされているが、あとがきを読むと更に分かりやすい。そこには「年表」が付されている。


1991年 ラブストーリーを見て女子が勝手に恋愛レートを上げた
1991年 そのぶん男子のためのヘアヌードが安くなった


実に分かりやすい。「恋愛」は結婚と同義に捉えてよい。「ヘアヌード」は広く売春を指す。何らかの形で性を売り物にして一過性の対価を得る行為すべてだ。対価を男に支払わせるための方策として結婚と売春は並立している。片方の市場が高騰したので、弾き出された参加者が大量に移動した結果、他方が暴落したのである。暴落と言っても直接に支払う金額が下落したのではない。本来は登録されなかった筈の銘柄が購入できるようになったという形で暴落したのだ。それが「ある日とつぜん、綺麗な女の子たちが、アダルトビデオに出るようになってくれた」理由である。


結局、結婚を諦めた女は身を売るしかないという悲しい現実が端無くもここに露呈している。変わったように見えて世の中そんなに変わってない。これだけのことをたった二行で説明してくれる堀井は凄い。本書にはこのように世の中を考える上で参考になるヒントがさりげない形で綺羅、星の如く鏤められている。必読である。


但しバカは読まんでよろしい。どーせバカには分からない。表面を舐めてみただけで終わるのがオチである。文章すらまともに読めないはてなーには表面すら分からないであろう。そのいった類のバカの代表が下記に取り上げる、人間の真似をして本を読む髭の生えた豚である。


彼は言う。
pp.194
うまく逃げてくれ。
もしそれに従ったら、あなたは背中から撃たれるだけだ。


突っ込みどころが「逃げろ」にしかなかったから、それを敵前逃亡に例えて非難してみただけの愚かで下品な揶揄に過ぎない。堀井は「うまく逃げろ」と言っているのであり、「後退するなら後退するで、あえて正面を向いて、反撃しつつ後退」するようなやり方は最悪である。そもそも、これって逃げてない。「Dan the Helper of Himself」などと自らを言祝いでいることからも分かるとおり、結局はいつもの自慢話に過ぎない。「俺は正面から戦って妻子も億ションも手に入れたぞ」と言っているだけだ。話にならない。GeekはシコシコとPerlの改良でもしていれば良いのだ。こいつがいくら儲けようとも世の中とは関係がない。図々しくも著者を「ホリケン」などと呼んで悦に入っている様は下劣以外の何物でもない。


では、どのように逃げれば良いのか。お前には分かるか? オレは分かった。ウソウソウソw 分かってたら、もっと別なことを書いてるよw ひとつだけ言えるのは、我々は輸入した近代国家とやらによって疲弊しているのだから、それに対して堀井が伝統文化を持ち出すのはよく分かるということだ。それが解かどうかは知らん。


最後にこれだけは言っておきたい。堀井違いだった。